米国アカデミー賞公認のアジア最大級の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル&アジア(SSFF&ASIA)」に今年から「ホラー&サスペンスカテゴリー」が新設された。バラエティ豊かな11作品の候補の中から「最震賞supported by CRG」を受賞したのは、長崎を拠点に映像クリエイターとして活動している野上鉄晃監督による『ABYSS』。監督自身がこの部門にノミネートされるとは思っていなかったという異色のサスペンスはどのように生まれ、何が審査員や観客たちの心に恐怖を植え付けたのか――?
映画監督や脚本家、小説家のためのクリエイターエージェンシー株式会社CRG(Creative Guardian)の代表であり、この「ホラー&サスペンスカテゴリー」の創設に動いた四宮隆史氏と野上監督の対談が実現! ショートフィルムとホラー&サスペンスの親和性、そしてこのジャンルが秘めた可能性についてじっくりと語ってもらった。

――まずはCRGがスポンサードする形で「ホラー&サスペンスカテゴリー」という新部門を創設されることになった理由、特にホラーとサスペンスというジャンルに特化した理由を教えてください。
四宮ひとつにはショートフィルムとの親和性が高いジャンルだろうという思いがありました。ショートフィルムでウェルメイドな良い話をつくるというのは、なかなか難しい部分があり、「お笑いに振るか?」、「怖くするか?」、「驚かせるか?」だと僕は思っていて、その中で、ホラーやサスペンスには以前から興味がありました。
映画祭の方に伺ったら、25年以上もこの映画祭は続いていますけど、ホラー&サスペンスというカテゴリーは史上初の試みだと言われて、それであれば、我々もクリエイターとの出会いを求めているところもありましたし、そのサポートをするというのは意味があることだと思いました。

――今回「最震賞 supported by CRG」を受賞した『ABYSS』についてどのような印象を持たれましたか? 選考の経緯なども教えてください。
四宮私個人としては、まず「これはホラーなのか?」と思ったんです。語弊を恐れずに言うと、決していわゆるホラー的な“怖さ”はないんですよね。見終わって「どうなったんだろう?」「これは何なんだろう?」と思って、もう一度、見てみました。もともと、審査の基準を「独創的な恐怖」、「中毒的な恐怖」、「怪異的な恐怖」としていましたが、中でも一番重要なのは中毒性だと思っていて「もう1回見たい」、「何だったんだろう?」と思わされる作品が良いなと考えていました。その意味で、この『ABYSS』は全体的に映像が暗いというのもあって「何が起きたんだろう?」と思わせ、もう一度、見たいとさせるところがすごく良かったですね。
弊社の他の社員たちも絶賛していました。他の作品にもそれぞれに良いところがたくさんあったけども、ひとつを選ぶとしたら『ABYSS』という声がほとんどで、映画祭の方たちも同じでした。
――見終わってすぐに、もう一度、頭から見直せるのは尺の短いショートフィルムの良さでもありますし、実際、同じようにもう一度、見直したという観客は多いと思います。
四宮そうなんですよね。伏線がいろいろあるんだけど、1回目ではあんまりわからない。ラストで彼女たちはどうなったのか? 「穴から別のところに逃げたのか?」と一瞬思ったり、そういうのも含めて、解釈の余地を残す結末になっていますよね。スマホに音声を録音して、それを流しながら埋めるというのも、観客に「あれは何だったの?」と思わせる狙いがあって、すごく上手いなと思いました。
――そのあたりの詳細を野上監督にうかがってまいりますが、そもそも、この作品をどのように着想したのでしょうか?
野上自分は長崎に住んでいるんですけど、長崎から船で2~3時間のところに孤島が点在していて、その中で宇久島という島があります。宇久島で、別の案件のためにロケハンをした時に、居酒屋に入ったら、島のおじちゃんたちがいろんな話をしていて、その中に「よく聞いてみたら、それって怖いな…」と感じるような、長く語り継がれてきた民話があったんです。民話のような物語を映画としてつくってみたいというのが、『ABYSS』のきっかけになりました。

――“ホラー?サスペンス”というカテゴリーは最初から意識されていたんですか?
野上いや、人間ドラマをつくりたいと思っていましたし、それはいまも変わりません。だから、この作品が「ホラー&サスペンス」の部門でノミネートされたのは意外でした。
四宮それが良かったよね。わかりやすく霊が出てきて…とかではなくて、じわっと怖さを感じさせるところが。

――物語の構成や展開、観客に解釈を委ねるような結末などはどのように組み立てていったのでしょうか?
野上結論から言うと、ちょっと不思議な男の子が女性2人を殺害して埋めたという事件があったと仮定して、それが語り継がれていく時に、どういう過程を経て、民話となっていくのか? というのを自分の中で考えていった結果、ああいう物語になりました。
あの男の子が抱える、心の奥深くにあるものがにじみ出てくるような、得体のしれない短編作品をつくりたいなと思って、その意味ではたしかにホラーだなと思いました。

四宮さんがこの作品について「抑圧された若者の姿」みたいなことをおっしゃっていて、まさに自分が最初にこの映画の“核”として持っていたのは、そういう社会性でした。彼らが取り込まれている世界というものをどのようにダークな世界観で表現していこうか? と考えた時、全編をナイト撮影にしたり、雨の日の撮影にしたり、そういうダークさは大切にして、あの3人が感じている何とも言えないやるせなさみたいなものを可視化させたいなと思っていました。それを四宮さんに読みとっていただけて「抑圧された若者たち」と言語化していただいて嬉しかったです。
四宮「ままならない現実」みたいなものが描かれているのを感じました。
――吉本実憂さんが出演されていますが、作品を見て、劇中の女性が吉本さんだと気づかない人も多いのではないかと思います。キャスティングの経緯について教えてください。
野上吉本さんがたまたま、別件で長崎にいらっしゃった際に紹介されて、改めてこれまでの彼女の作品も見せていただきました。たしかにこの作品の中の役柄は、これまでに彼女が演じてきたような役とはタイプが違いますが、彼女が潜在的に持っている、何か“山”を乗り越えたところにいる美しさみたいなものを感じて、それと映画の中の地方で配達員として働いている女性のイメージがガチっと重なるのを感じました。

実は最初に一度、オファーを断られたんですが、改めて作品や役柄について説明をして「ぜひ吉本さんでやりたいんです」と申し上げたら「ぜひ」とおっしゃってくださいました。
四宮吉本さんをはじめ、俳優陣の演技が本当に素晴らしかったですよね。ショートフィルムって短いぶん、役者の演技が引っかかってしまうと物語に入りづらくなってしまうところがあると思うんですが、この作品はスーッと入っていけました。僕も最初、吉本さんとは気づかずにエンドクレジットを見て驚きました。「こんな役もやるんだ?」と。その意外性も良かったですね。

――ちなみに撮影期間はどれくらいだったんでしょうか? 先ほど、夜間の撮影と雨の日の撮影についてお話が出ましたが、あえて雨の日を狙って撮影されたんですか?
野上撮影期間は4日間ですね。1か月前から「雨が数日続く」という予報が出ていたので「ここだ!」と思って予定を組みました。雨を降らせるほどの予算はなかったですし、大変さという意味ではスタッフはかなり苦労したと思いますが…(苦笑)。
――ここからはホラー&サスペンスの可能性という点についてお話をうかがってまいります。四宮さんから冒頭で、このジャンルとショートフィルムの親和性の高さについてお話がありましたが、野上監督はショートフィルムとホラー&サスペンスの相性の良さは感じますか?
野上あると思いますね。そもそも、この作品を自分が撮ることを選択したということ自体、どこかに勝機を感じていたからだと思いますし、それを言語化するのはなかなか難しいですが……やはり、ホラーやサスペンスには、人間の感情が濃縮された瞬間というのが出てくると思っていて、一点集中の感情の発露みたいな部分とショートフィルムの親和性は高いんだと思いますね。
――世界的に見ても、日本のアニメーションとホラーは高く評価されていますが、その意味でもこの映画祭に「ホラー&サスペンス」というカテゴリーができたことは大きな意味があると思います。
四宮例えば今年のカンヌで『8番出口』という映画が「ミッドナイト?スクリーニング部門」に入りましたが、あの作品もジャンルとしては“Jホラー”として扱われていて、いまだにJホラーのニーズというのは海外では大きいですよね。そういう作品をつくる力も日本のクリエイターにはあると思います。

CRGにドラマ「ほんとにあった怖い話」の脚本を書いた脚本家(酒巻浩史)が所属していますが、ああいう作品もショートフィルムに近いと思いますし、「世にも奇妙な物語」もそうですよね。実際「世にも奇妙な物語」に参加して、その後、映画監督、ディレクターとして世に出ていった人も多くいます。そうした事実を踏まえても、ニーズがあると同時に、若い監督が取り組みやすいという部分もあると思います。ものすごくお金を掛けなくても、アイディア次第で勝負できる――会話劇だけで「怖っ!」と思える作品をつくることも可能であり、ジャンルとして非常に可能性を秘めていて、クリエイターを発掘するという意味でも価値があると感じています。
――言われてみれば「世にも奇妙な物語」はショートフィルムに近いですね。こうした優れたジャンル、フォーマットが既に1990年代から日本に存在していたんですね。
四宮そうなんですよ。TVドラマというフォーマットで、人気の俳優が数多く出ていたこともあって、あまり“ホラー”というふうには捉えられていなかったんですけど、よく考えるとあれは立派なホラーであり、アイディア勝負ですよね。その意味で、若いクリエイターがホラーで短い作品を撮ってステップアップするというのはこれまでもあったし、今後もあると思います。

――短い作品の中で“怖さ”を観客に感じさせるために、大事なことはどういったことだと思いますか?
野上リアリティだと思いますね。幽霊がポンっと出てくるようなことがなくとも、死体と対峙するだけでも怖さが出てくると思いますし。もちろん、幽霊も怖いですけど。
四宮『ABYSS』の怖さって徐々にくるんですよね。見方を変えたら、若者の現実を描いているだけなのに、それが「怖い」っていうのが怖いですよね(笑)。やはり人間を掘り下げていくっていうことが、怖さに繋がっていくというところがあるんでしょうね。
――野上監督は故郷の長崎を拠点に、CMや企業向けの映像、観光PR映像などを手掛けられているとのことですが、そんな監督が突然、なぜこんなに怖い作品を…? という驚きがあるのですが。
野上もともと、こういう作品をつくりたいという思いはずっとありました。とはいえ、観光PRの映像もラブストーリーも人間の側面のひとつだと思っていて、同時に違う側面――暴力性や残虐性、狂気みたいな部分も持っているのが人間であり、それも描いてみたいなと。同じように感じている若いクリエイターは多いと思うし、その意味で、映画祭にこの部門ができたことは、受け皿としてすごく意味のある事だと感じています。

僕自身「人間の側面を描く」ということを常に考えていて、まさに今回の『ABYSS』がそうですが、それが結果としてホラー、サスペンスとしてカテゴライズされることになるかもしれないし、夫婦愛を描いたはずの作品がホラーになるかもしれません(笑)。
四宮ホラーとコメディの違いって紙一重ですからね。『エクソシスト』だって怖いけど、いま見ると笑っちゃうようなところもありますよね。ちょうど矢口史靖監督の『ドールハウス』が公開されますが、矢口監督という、基本的にコメディをずっと撮ってきた監督がつくった作品であり、予告編だけを見るとホラーに見えるんだけど、いったいどんな映画になっているのか? ホラー&サスペンスって、単に怖いだけでなく、人間ドラマを描けるジャンルだと思います。

――改めてショートフィルムの魅力、可能性についてお聞かせください。
四宮この映画祭にも関わらせていただいて、ショートフィルムの価値、可能性をどうやったら上げていくことができるのか? ということは、僕自身も考えてきましたが、やはりネットが発達して、動画がストレスなく見られる時代になり、TikTokなども出てきて、尺が短いものを楽しみたいというニーズは大きくなってきてるなと思います。その意味で、時代がやっと追いついてきたのかなと。
一方で、ショートフィルムで面白いものをつくる――マーケット性という意味で、一般の人がいくらかのお金を払ってでも「見たい」と思わせるショートフィルムをつくるって、意外と難しいことだと思います。海外のクリエイターと日本のクリエイターで若干、差があると思うのはそこの部分ですね。なぜかというと、海外では短編だけのチャンネルがあったり、短編の映画祭とか、マーケットがちゃんと存在しているんです。でも、日本ではこの「SSFF&ASIA」ぐらいで、各映画祭に短編部門はあるけど、それでもマーケット性には繋がっていないんですよね。
でも、うまくつくれば確実にマーケット性はあると思います。例えば、うちの会社が片山慎三監督と一緒につくった30分の短編(『そこにいた男』)があるんですけど、Amazonプライムでかなり見られたし、劇場で公開しても連日満席でした。短編ならでは文法みたいなものも必要になってくるのかなと思いますね。
既に是枝裕和監督がiPhoneだけでショートフィルムをつくる(『ラストシーン』)ということもやっていますし、短編で何かを表現するというのは、今後も増えてくるでしょうし、増えれば徐々にノウハウもたまって、競争性も出てくると思います。
野上クリエイターとして、何かひとつでもいいので、突き抜けたもので走り抜けられるのがショートフィルムの良さだと思っています。これから映像をやりたいひとにとって、そういう経験はすごく大事なもので、ショートフィルムは無限大の可能性を持っていると思います。
四宮『ABYSS』はまさに野上さんの“変態性”で突き抜けた作品だと思います(笑)。

――今回、初めて映画祭で「ホラー&サスペンス」という部門が創設されましたが、今後、この部門がどのように成長していくことを期待されていますか?
四宮もちろん、今後も継続してサポートしていきたいと思っています。先日、表参道ヒルズで上映会が行われたんですが、会場に“呪物”を持ち込んだYouTuberもいて、表参道ヒルズに呪物って大丈夫なのか…? と思いつつ(笑)、非常に盛り上がっていました。エンタメ性という意味でも空間をみんなで共有して楽しむことができるジャンルなんだと改めて感じました。このジャンルの作品見たさに映画祭に足を運ぶ人も増えたり、ショートフィルムに興味を持つようになる人も出てくるだろうと期待しています。
国際短編映画祭 SSFF & ASIA 2025 ダイジェスト映像